病気を乗り越えて活躍した偉人

私たちが大切にしていること。
それは、あなたのかけがえのない健康を共に作るパートナーであり続けること。
病気を治す、癒すことがゴールではありません。
病気を治し、癒すことによってあなたの人生が幸せになっているか?生活がより良いものになるお手伝いができたか?
そこにフォーカスを当てていきます。
医学・医療はそのための手段であって目的ではありません。
ここでは、医学・医療の助けがあって自分の人生をより輝かせた偉人たちをご紹介します。

内科

痛風の激痛を“精神力”で克服する方法を論文に著した偉大な哲学者カント
「風が当たっても痛い」ことから病名がつけられたと言われる、痛風。この痛風に苦しんだドイツの偉大な哲学者カントは、就寝前に痛風の発作に見舞われると、痛みとは関係のないことを考えることに心を集中して痛みをまぎらわし、眠ることが出来たそうです。さらにカントは、この体験に着想を得て、“精神力”で激痛を克服する方法について思索し、それを論文に著したと伝えられます。偉大な哲学者ならではの所作と言えるでしょう。

リウマチの痛みに耐えながら名画を残した巨匠ルノワール
日本でも人気の高いフランス印象派の巨匠ルノワールは、関節リウマチに苦しみました。ある時、自転車で転倒して右腕を骨折した頃から、リウマチの痛みに悩まされ始め、最初は杖を使い、やがては車いすが必要になり、晩年の20年余りは、年を経るごとに悪化していきました。画家として特に辛かったのは、手の障害です。リウマチの悪化後は、指の関節が変形して腫れ上がり、筆を手に持つことも出来ない状態になりましたが、家族や使用人に腫れ上がった指の間に筆を挟んでもらい、ルノワールはなおも精力的に作品を描き続けました。やわらかいタッチの親しみやすい画風からは、ちょっと想像がつきません。

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循環器内科

心筋梗塞の再発予防に努め、79歳まで生きたアイゼンハワー大統領
第34代米国大統領アイゼンハワーは二期8年、冷戦時代のアメリカを率い、大統領の任期を全うしました。しかし実は、再選される前年の55年9月に心筋梗塞の発作を起こしました。陸軍病院に運ばれ、懸命の治療が続けられる一方、心臓病の権威P・D・ホワイト博士が招かれました。ホワイト博士の診断によって、心筋梗塞の診断が下されたものの、運良く一命をとり止めました。以後アイゼンハワーは、博士に再発予防についての指導を受け、それを忠実に守り、療養に努めて回復し、翌56年秋の選挙では見事に再選を果たしました。ホワイト博士はアイゼンハワーに、「モア・ウォーク レス・イート、アンド、スリープ・モア (よく歩き、食事は少なめにして、よく眠りなさい)」と指導したそうです。アイゼンハワーは、それを守り、再発予防に努めて79歳まで生きました。

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小児科

学習障害だったにもかかわらずノーベル物理学賞を受賞した天才物理学者アインシュタイン
「相対性理論」を確立したことで世界的に知られる天才物理学者アインシュタインは、子どもの頃は言葉の発達が遅く、3歳になってもまるで話さず、両親を心配させました。やっと話せるようになってからも友達と遊んだりせず、一人で遠くからその様子を眺めているだけでした。学校の成績もさっぱりでしたが、数学だけはずば抜けており、先生からは「数学がこれだけ出来るのだから、他の科目が出来ないはずがない。怠けているのだろう」とたしなめられました。大学の入学試験では、数学以外の科目の点がとれずに合格出来なかったため、無試験の大学に入りました。こんなアインシュタインは、「学習障害」(読み・書き・計算などの特定の能力を取得するのに著しい困難をともなう障害)だったと言われます。ノーベル物理学賞を受賞し、天才の名をほしいままにしたアインシュタイン博士が、実は子どもの頃から学習障害だったとは、とても意外です。

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アレルギー科

喘息を乗り越えてオリンピック金メダルを獲得した清水宏保氏(スピードスケート選手)
長きにわたり、世界のスピード短距離界の第一人者として活躍してきた清水宏保氏は、幼い頃から喘息を患っていたそうです。喘息発作で「死ぬかもしれない」と思ったことも一度や二度ではなかったと振り返ります。喘息に苦しみながらもトレーニングを重ね、長野オリンピックでは見事金メダルを獲得し、世界の頂点に立ちました。そんな清水氏は、喘息の患者さんに向けて「喘息から逃げるのではなく、しっかり向き合って、精神的な強さや自己管理能力を高めていってほしい」とエールを送ります。金メダリストのエールなだけに説得力があり、勇気づけられます。

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その他

生涯、うつ症状に苦しみながらも偉業を残した名宰相チャーチル
第二次世界大戦を勝利に導いた英国の首相チャーチルは、生涯うつ症状に苦しみ、うつを“黒い犬”と呼んでいました。エネルギーに満ち溢れ、鉄の意志で頑強に戦い抜くイメージからはちょっと想像しにくいのですが、真実のようです。チャーチルは1945年に総選挙に破れ、一度は首相を退いたものの、引き続き政界に隠然たる勢力を張り続け、1951年には77歳で首相に返り咲きました。活躍は政界だけでなく、著書「第二次世界大戦回想録」でノーベル文学賞を受賞するなど数々の栄誉に輝き、91歳で亡くなった折りには国葬が執り行われました。



クリニック概要

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ユアクリニックお茶の水

〒101-0062 
東京都千代田区神田駿河台2-4 日健ビル3階

TEL:03-3259-1190

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    ◎東京メトロ 千代田線「新御茶ノ水」駅
     B1出口 徒歩3分

内科・
循環器内科
10:00 - 13:30
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小児科・
小児アレルギー科
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▲・・土曜午前は9:00 - 12:00の診療

小児ワクチン
乳幼児健診
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※ 時間外の接種についてもご相談に応じます。

皮フ科
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※水曜日は17:30までとなります。


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